ぱちぱちソーダ水。

適度に適当に写真と言葉。

口をよく動かした日。

「いい歳して今更こんなことで悩んでていいのかなって思うよ。」


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とにかく、よく喋った。
仕事の事や恋愛や交友関係、将来の事も。

私も負けじと口を動かした。
夏になると食欲が2倍3倍になってる私はきっと喋りすぎてお腹いっぱいになっていた友達の分まで食べていた。


何だかんだいって、いくつになっても悩みは尽きないもので、前を向いて自分が知らない方向に先へ先へと進んでいるからしょうがないとも思うのです。一方で、時間ほど残酷なものはないんじゃないかとも時々思うのです。


去年の今頃の悩みなど今言ってみろと言われてみてやっと思い出すぐらいなら解決してて、その大半は時間が解決してくれることの方が大きい。
その時は一生懸命悩んでたとしても、時間が流れてそのまま過ごしていると「もう今年も終わるね、あ、そういえばあの時は、、」という具合にふと振り返る時に思い出して笑えれば、きっともうその悩みは解決して一皮も二皮も剥けて、悩んだ事が種で、その時にどうしようかと考え始めた時が芽を出す。その悩みがやがて自分と向き合う事ができた時に蕾になり、その悩みを解決しようと行動出来た時に花が咲く。その悩みを意識せず生活していることは、花が枯れてきっとまた新しい種を植え付ける。

夏になると食欲が倍になってどうしようという事も今後どうしようかなという悩みも解決過程は結局単純で一緒なんだと思う。
ただ、“今”と“未来”の方向先が違うだけでずっとずっと難しくなるのも事実。
難しければ難しいほど、自分とも向き合う時間も増え、足りない部分もその都度見えてくるのです。

何だかパズルを完成させるように、その1つ1つが自分の生きるエキスとしてスパイスとして成長にプラスαしたいものです。

自分の悩みに悲観して、感傷モードに浸って悲劇のヒロインを演じているなんてまっぴらごめんなんです。

自分の人生は自分で決めてく事であって、誰かに引っ張っててもらうことも決めてもらう事も出来ないのです。
大変で辛い事の中にある些細な幸せや楽しみを沢山見つけて行く方が大きい幸せを手に入れることよりも、ずっと簡単でもっと楽しんでいけるような気がします。

今日は喋り過ぎました。

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きっと来年、再来年の今頃は今よりもずっと成長してるはず。